「突然唄い出すからミュージカルは嫌いだ」「唄って踊り出す場面が、観ているだけで恥ずかしい」と言う、笑いのネタで始まった様な声を真に受けて、ミュージカル映画への苦手意識を持つ人が多くいる様です。
日本人は感情を表に出すのが下手だと言われているのも一因か、日本製のミュージカル映画は、それほど多く制作されていません。
しかし、本当はみんな、唄って踊りたくなる時はあるのではないか?
そんな疑問に答えるかの様な映画が、矢口史靖監督作品「ダンスウィズミー」です。
店内のBGM・スマホの着信音・時刻を知らせるチャイム等、日常生活では何処へ行っても、音楽が切っても切り離せません。
もし、音楽を聴くだけで唄って踊り出したくなる女性がいたらどうなるか?
感情に素直に生きるのが、自分らしいと目覚める日が来るのか?
そんな問いかけもある「ダンスウィズミー」を、紹介します。
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『ダンスウィズミー』あらすじ
一流企業に勤めるOL・鈴木静香(三吉彩花)。
同僚とも仲が良く憧れの上司もいて、同年代の中では裕福な暮らしぶりをしている。
ある日、頼まれて姪っ子をひと晩預かる事に。
姪っ子は小学校で披露するミュージカルの主役に選ばれた。
静香の部屋でひたすら練習を続けているが、静香は落ち着かず、叱り飛ばしてしまう。
静香には小学生の頃、同じ様に主役に選ばれたものの、緊張の余り、舞台上で嘔吐した過去があり、以来、ミュージカル嫌いになってしまった。
姪っ子を遊びに連れて行こうと、たまたま拾ったテーマパークのチケットにあった場所へ行くと「マーチン上田(宝田明)の催眠術」が行われていた。
中へ入ると、斎藤千絵(やしろ優)を相手に催眠術をかけていた最中だった。
マーチンは姪っ子に、ミュージカルが上手く出来る催眠術をかけるが、傍で見ていた静香にかかってしまい、静香は音楽が聞こえ出すと唄って踊らずにはいられない体質になってしまった。
静香は周りで音楽がかかり出した途端、全力で唄って踊り出し始める。
時には職場、時には街中で。
上司と行ったレストランでは大損害を出して弁償する羽目になり、そこから静香の金運が落ちて行く。
催眠術を解かないと元に戻れないが、肝腎のマーチンは、失踪してしまった…。
『ダンスウィズミー』あらすじ後半
「私も給料をもらっていない」と、借金取りが押しかけるテーマパークの一角に千絵が現れる。
千絵は催眠術のサクラとして、生玉ねぎを齧ってはリンゴの味がすると、マーチンをサポートしていた。
静香と千絵が出合った事で、マーチンを探す旅が始まる。
探す期限は、静香が有給を取った、約1週間。
静香が高額の調査費を払って雇った調査員の男・渡辺(ムロツヨシ)の情報を頼りに、なけなしの金をはたきながら、千絵の車に乗って、マーチンがいる新潟まで行く。
しかし、もう少しの処でマーチンに逃げられてしまう。
追いかけようとするが、地元のヤンキーに絡まれて絶体絶命だったが、ダンスミュージックがかかり出した処から2人が踊り出した事で、意気投合し、窮地から救われる。
路上ミュージシャンとのコラボで旅費を稼いだり、青森から函館へ渡るフェリーの中で千絵が酔い潰れたのを見計らって乗用車が盗まれたりと、アクシデントが襲う。
静香が千絵を、千絵が静香を励ます事で、2人には友情が芽生えていた。
函館で新しいサクラを従えてショーを披露していたマーチンの元に、借金取りも含めた関係者が集まる。
マーチンの催眠術はホンモノなのか?そして静香の催眠術は、無事とけるのか?
『ダンスウィズミー』見どころ4点
細部まで丁寧に作り込んだ、バティロードムービー
バティ(相棒)を一緒に行動をしながら、各地で騒動に巻き込まれて行くうちに互いに感情が芽生え出すと言う、ロードムービー型映画の典型と言える脚本です。
方々で起きる事件には必然性があり、展開上のこじつけと言った無理や破綻が無く、自然な流れで事態が発生します。
感情移入して一緒にハラハラしたり、思わぬ伏線に気づかされたりと、練りに練り上げた、矢口史靖監督の脚本は、派手なミュージカルの場面にも決して引けを取らず、丁寧な仕上がりと言えるでしょう。
絶妙なキャスティング。三吉彩花・やしろ優の凸凹コンビ
主人公・鈴木静香を演じるのは、女優でモデルの三吉彩花です。
これまでに唄とダンスの経験は少しだけあった様ですが、クランクインの前から唄とダンスは勿論、テーブルクロス引きやポールダンスのレッスンを重ね、クランクイン中も合わせて、250時間近く、レッスンを重ねたそうです。
斎藤千絵を演じるのは、芦田愛菜や倖田來未のモノマネでブレイクしたやしろ優です。
唄やダンスはモノマネの中で披露をしていますが、本格的にミュージカル映画に出演したのは初めてです。
清楚な静香とふしだらな千絵と対照的なコントラストですが、互いを助け合う事で認め合いながら、成長して行きます。
ミュージカル嫌いにはどう映るか?
「急に唄い出したりするのがイヤだ」「見ていて恥ずかしい」と言うミュージカル嫌いの中には、ネット情報を見ただけで充分と言った食わず嫌いの方もいる事でしょう。
しかしこの作品は「唄いたくなったら唄い出す」「気分が落ち込んだ時でも、唄って踊りながら、周りを巻き込んで慰めてもらいたい」と、ミュージカル映画の暗黙の了解を真正面から肯定しています。
抑圧から解放された高揚感を身体で表現したい素直な気持ちは、誰しもが持ち合わせているものです。
ミュージカル映画嫌いの方には、純粋なコメディ映画として観賞する事をおすすめします。
個性派キャストの中で、ひと際輝く宝田明
小狡い調査員のムロツヨシや女性社員人気が鼻につくエリート社員役の三浦貴大、ストリートシンガー役のChayと言った個性的なキャストも、時には唄い踊りと、スクリーンに華を添えます。
しかし一番の注目は、胡散臭い催眠術師・マーチン上田役の宝田明でしょう。
テレビドラマやバラエティで活躍する一方「ゴジラ」を始めとする東宝特撮シリーズでもお馴染みです。
しかし早くからミュージカル俳優として多くの舞台に出演し、日本のミュージカルの草分け的存在となりました。
唄って踊る姿には華があり、気品が漂っています。
80代半ばでもミュージカル俳優としての健在ぶりが窺えるその立ち振る舞いは、必見です。
『ダンスウィズミー』感想
コメディタッチのミュージカル映画です。
そのジャンルが好きな方には必見の映画です。
音楽が鳴り出すと唄って踊り出す設定はミュージカル映画そのものなので、設定が荒唐無稽とは言え、ミュージカル映画の王道を貫いています。
自然に観てしまうので、いつの間にか感情移入している事に気づかされます。
バディロードムービーの王道を行く脚本の良さを引き立たせる様に、三吉彩花・やしろ優の個性が如何なく発揮され、痛快ささえ感じます。
コンビネーションも完璧で、ダンスにキレがあり、唄も上手く演技もしっかりしていると三拍子が揃い、最後まで飽きさせません。
欲を言えば、2人の感情のぶつかり合いと成長ぶりがもう少しあってもよかったかなと思う処。
2人のその先をもっと見たいと言う辺りで終わってしまうので、もう少し上映時間があっても、満足出来ました。
ミュージカルナンバーも「Tonight ~星の降る夜に」と言った王道から「狙いうち」「タイムマシンにおねがい」「ウェディング・ベル」と歌謡曲も含まれているので、肩ひじを張らず、気軽に楽しめます。
『ダンスウィズミー』評価
日本ではなかなか、ミュージカル映画が定着しないとも言われます。
感情を表現したいけど、周囲の目を気にして恥ずかしくなり、大人しく縮こまってしまう国民性による部分も原因かもしれません。
しかし本当は、周囲から馬鹿にされようが感情を素直に表現したいと言う欲望は、誰しもが持っているものです。
「ダンスウィズミー」は音楽がかかり出すと唄って踊りたくなると言う、荒唐無稽な設定に見えますが、感情を素直に表現する事の必要性も感じ取れる、コメディミュージカル作品です。
矢口史靖監督作品に「スウィングガールズ」があります。
田舎の女子高生がジャズの楽しさに目覚め、やがてバンドを組むまでになると言ったストーリーでした。
音楽やダンスは、やる方や見る側にも刺激を与え、高揚感を持たせてくれます。
ミュージカル映画の食わず嫌いを克服出来る作品だと、おすすめします。