映画『慶州 ヒョンとユニ』( 경주:Gyeongju )は2014年6月に韓国で公開後、5年の時を経て2019年6月ようやく日本公開を迎えました。

映画作家 チャン・リュル監督のフィルモグラフィーからは、撮影地へのこだわりが強く感じられ、韓国の群山(グンサン)や九州の福岡など日本との関係の深い街を舞台とする作品も手がけています。

本作の舞台は韓国の小学生が修学旅行でよく訪れるという世界遺産都市・慶州(キョンジュ)。

「あのときは退屈に感じたけれど、大人になるともう一度訪れたくなるようなヒーリングの街に変わっていた。」と感じる方も多いそうです。

もちろん、変わったのは街ではなく私たち。
日本の京都や奈良のような雰囲気だと、訪れたことのある日本人観光客は街の雰囲気に親しみを感じています。
145分と上映時間は長め、主人公が住む北京から最初の目的地大邱(テグ)までの所要時間にほど近いのは偶然でしょうか

映画を見れば慶州に行きたいと感じてしまうのはありきたりな衝動ですが、主人公のように心の赴くままにふらりと訪れたい場所がそこにはあります。

『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』あらすじ

北京大学の教授ヒョン(パク・ヘイル)は、親しい先輩の突然の訃報をきっかけに久しぶりに韓国の大邱を訪れました。

7年前に先輩と訪れた慶州の記憶を辿るように、1泊2日の一人旅に誘われます。

身軽な黒のショルダーバッグを背負い慶州の風景を堪能しながら、ずっと気がかりだった1枚の絵を求めてとある茶屋を訪れます。

そこで、3年前から茶屋アリソルを営む素朴で美しい店主ユニ(シン・ミナ)と出会い、店内を見渡すも記憶の中のこの場所にあるはずの絵が今は無いことを知ります。

彼女は、その絵に執着する彼を行動を不審に思いながらも顔を見るなりどこか懐かしさを感じながら、茶を淹れます。

それまで穏やかに見えた空気は、彼と彼女を取り巻く人間模様の中で心が揺れるような過去が明らかになるにつれて、じんわりと変化していきます。

男と女」のコントラストや「生と死」を巡る不可解な現象に惑わされながら、絵に隠された秘密も明らかになっていくのです。

『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』見どころ

変態と呼ばれた男

禁煙中につきタバコは火をつけずに香りだけを楽しみ、街の観光案内所で手に取ったのは中国語のパンフレット、木々の茂みの先で太極拳に興じる男性の横でしなやかな身のこなしを披露…。

ヒョンの少年のような探究心溢れる行動や、面倒なことは穏便に済ませたがる無責任な大人とも取れる人柄が積み重なるにつれて「変な人」「変態」と呼ばれがちな彼を魅力的に感じてしまいます。

彼の静かな佇まいは慶州の雰囲気に調和しているからこそ、その行動の一つ一つがどこか滑稽で異質で不思議なものに映りました。

そんな異質さに魅力以外に何かしらの親近感を覚えたとしたら、彼の自由でありながら何かを諦めたかのような姿に憧れを感じたからでしょうか。

黒いショルダーバックの真実

居酒屋でおもむろに納豆を取り出すヒョン。
喫煙所でタバコではなく爪切りを取り出すヒョン。
黒いショルダーバックの中には、ストーリーに違和を感じさせながらも彼ならばと納得のいくアイテムが潜んでいました。

2019年現在、韓国国内のスーパーやネットショップでは日本の白いパック包装の納豆が容易に手に入るそうです。

また、国際線の機内には持ち込み制限がかかる爪切りは、海外製のニッパー型は規制がかかるそうですが、日本式のクリッパー型ならば持ち込みが可能とのことです。
北京から飛行機で大邱へと訪れたヒョンがこれらのアイテムをどのように入手してきたのか謎は深まります。

また日本を感じさせるアイテム選びに親しみを感じました。

国籍のない映画

私の知っている韓国映画ではない、本当に韓国映画なのか、そもそも’韓国’映画とは何なのだろう
韓国映画を観ているはずなのに、なぜか日本の映画を観ているかのような錯覚が起こりました。

それは慶州の雰囲気と日本の京都・奈良が比較される理由にも通じます。
しかしこれがチャン・リュル監督が撮りたい映画ならば、いままで観てきた映画の記憶で形成された韓国映画そのもののイメージに違和を感じさせる作品です。

東アジアの諸問題について触れるストーリーや世界遺産の街で生活する人たちの言葉の多様性が、国籍のない映画『慶州 ヒョンとユニ』をより一層自由なものにしてくれています。

オススメできる人

世界の名匠と呼ばれる映画作家チャン・リュルは、まだ日本でそう多くは知られてはいないといいます。
きっと私のように今作の上映を機に「他の作品も見てみたい。」と、興味とは違う不思議な心地の犠牲者がいらっしゃるのではないかと思います。

言葉にするのが難しく、言葉にしてはいけないような映画です。
余韻に浸りたいのとは違って、ただずっと劇場に残って眺めていたくなります。
そんな中で主人公ヒョンのユニークなキャラクターが、より引き立ちます。

オススメできない人

上映時間140分間のストーリーは、緩急がそう多くはありません。
街は閑散としていて、慶州の自然美の中で人の情緒のわずかな揺れを映し出したような静かで穏やかなものです。
ヒット中の韓国映画のそれを求めて足を踏み入れると物足りなさを感じてしまうのも頷けますが、これは韓国映画ではないとするならば美しくて穏やかな心地に襲われます。