人気と実力を兼ね備えたトム・ハーディを主演に迎え、舞台は高速道路を走る車内だけ、そしてトム・ハーディ以外は声のみの出演という一人芝居のような状況で撮影された『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』。
電話相手は仕事関係、家族、そして高速道路を走らせる原因となった人物。
それぞれの電話相手と会話を続けるうちに問題が起こり、その場にいない彼には対処が難しい試練が次々と起こります
限られたシチュエーションの中で、人生の分岐点を迎える主人公アイヴァン・ロックを熱演しているトム・ハーディの演技力を堪能できる作品になっています。

トム・ハーディ演じる主人公の電話相手として、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞受賞したオリビア・コールマンや、『アベンジャーズ』シリーズにも加わったスパイダーマンを演じるトム・ホランド、そして海外ドラマでお馴染みのベン・ダニエルズやアンドリュー・スコットが声の出演をしています。

『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』あらすじ

現場監督のアイヴァン・ロック(トム・ハーディ)は、仕事を終え、ロンドンへ向かいます。
運転しながらベッサン(オリビア・コールマン)へ電話をします。
一度だけ関係を持った彼女はアイヴァンの子を宿していました
彼女への愛情は一切無いものの、過ちにけじめをつける為、彼は出産に付き添う約束をしていました。

上司のガレス(ベン・ダニエルズ)へ伝言を残すと、部下のドナル(アンドリュー・スコット)へ自分の代理を頼みます。
突如大仕事を振られたドナルは混乱しますが、指示を仰ぎ、準備に奔走します。
そしてアイヴァンは息子たちに帰れないことを告げ、妻カトリーナ(ルース・ウィルソン)に浮気相手が今夜出産することを話します。
彼女はショックのあまり電話を切ってしまいます

アイヴァンは自分を捨てた父親の幻影に怒りをぶつけ、ロンドンを目指します。
陣痛に苦しむベッサンは隠してきた本音を見せ、アイヴァンに愛を求めます
ガレスから解雇を告げられますが、アイヴァンは自分の仕事は最後まで責任を持つと言い、ドナルと準備を続けます。
カトリーナは夫の言葉を聞き入れられず、悲しみと憎しみをぶつけます
サッカーの試合に興奮する息子たちも、両親の異変に気づきます。

混沌とした状況が次第に変わっていきます。
ベッサンは帝王切開を受けることになり手術室入り、ハプニング続きだった仕事も何とか目処がつきます。
カトリーナが落ち着気を取り戻したら今後の話をして、幸せな家族に戻ろう
そう考えるアイヴァンの元へ、自宅から電話がかかってきます。

『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』見どころ3点解説

オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分で是非、注目してほしいのは3点です。

ワンシチュエーションで魅せる、トム・ハーディの演技力

車内という空間に登場するのはアイヴァン一人、他は電話越しの声だけの登場という今作。
背景描写もフラッシュバックも、電話相手に画面が切り替わることも一切ない中で、トム・ハーディはその高い演技力アイヴァンという役を通じて、私たちに彼の住む世界を伝えています

この作品の中でトム・ハーディの演技が素晴らしいと感じるのは、彼の演じ方によって、映画のストーリーだけではなく、アイヴァンという男性を深く感じ取ることができるからです。
電話相手とのやり取りを見ていくうちに、主人公の家族構成や仕事といった基本情報と、彼が置かれている状況を知ることができます。
映画のストーリーを伝えるだけではなく、トム・ハーディは話し方や表情、そして運転のしぐさで電話相手との関係性や、性格、そして彼の生き方の根底にあるものを感じさせるのです。

例えばドナルと仕事の工程を確認するシーン、アイヴァンが自分の仕事に誇りと責任を持っている様子や、先を読み、その場にいなくても的確に指示を出せることから、頭の回転が早く、物事を瞬時に判断する力を持った人物だということが分かります。
トム・ハーディの話し方や表情がアイヴァンの性格を表しているのです。

ベッサンには無関心で事務的な対応する一方で、家族には感情を隠さず素の自分で話をする姿を見せ、自分を捨てた父親への幻影に抱え込んできた憎悪をぶつける様子など、くるくると表情を変えて話し続けるトム・ハーディを見ていると、順風満帆な人生を送っていた一人の男性が抱える闇を除くような感覚を抱きます

限られた状況の中で、アイヴァンの人生を凝縮したトム・ハーディの演技は今作最大の見どころです。

アイヴァン・ロックという生き方

父親への反骨精神から、自分の生き方を形成してきたアイヴァン
父親のようになりたくないという強い思いから努力を重ね、彼は誇りを持って働ける仕事と愛する家族を手にします。
しかし一度の過ちから、彼の人生は父親と同じ方向を進もうとします
アイヴァンは必死に抗いますが、事態は彼の思惑とは違う方向へ進んで行きます。

順風満帆な人生を送り続けたいならば、ベッサンには関わらず、家族には事実を隠す事もできたはずです。それを選択しなかったのは、彼の生き方に反してしまうからです。
大切な仕事を捨て、愛する妻の心を引き裂くことになっても、真実を告げてロンドンへ向かう選択をした彼の姿から、彼の中で一番大切なのは、どんな苦難が起こっても逃げずに対処して、状況を正すという彼の生き方だということが分かります。
彼にとってこの生き方をすることで、自分は父親とは違うと証明してきたのではないでしょうか。

自分の生き方を曲げられない為に、成功を捨て、大切な家族を傷つけるアイヴァンはとても不器用です。
そうまでして自分の生き方を守ろうとした理由はただ一つ、自分は父親とは違うと証明する為です。
ルームミラーに写る自分の姿に父の幻影を見るシーンは、なりたくない父親と自分が重なってしまうという皮肉でもあり、父親がアイヴァンの人生にどれだけ影を落としてきたかを知ることができる重要なシーンになっています。

父と息子たち

険しい表情が多いアイヴァンですが、息子たちが電話に出ると緊張を緩ませます。
彼らの前では普段と変わらないように振る舞いますが、その表情は非常にエモーショナルで、時に涙まで見せます。
他の人と会話では決して見せない表情を見せることから、息子たちを心から愛していることが分かります

はじめはサッカー観戦の片手間に電話の取次をしていた息子たちも、物語が進むにつれて変化していきます。
父親が浮気をして、その相手が子供を出産するという事実は、息子たちにも強い衝撃を与えたはずです。
母親から事実を告げられて、世界が変わってしまったと力なく呟くショーンと泣き続けるエディ
しかし彼らは決して、アイヴァンへ怒りをぶつけることはありません

ショーンの言葉にアイヴァンの心は勇気付けられ、エディのメッセージはアイヴァンの心に優しく染み込みます。
息子たちの言葉から伝わるのは、父親と離れたくないという思いです。
アイヴァンの生き方を見てきた息子たちにとって、父親は大切な存在なのです。
家族を失うかもしれない状況で、父親を憎んで生きてきたアイヴァンは、息子たちに必要とされる父親だと証明されたのです。

『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』感想

「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」はトム・ハーディの表現力の高さを堪能できる作品になっています。
彼の演技に引き込まれ、自分もアイヴァン・ロックの人生に関わっているような気持ちで映画にのめり込むことができます

様々な相手から途切れることなくかかってくる電話に、ストーリーがかき乱されそうになります。
しかしトム・ハーディがスイッチを切り替えて会話をしていくので、仕事、家族、浮気相手そして父親の幻影の4つのストーリーが展開していくことが分かります。
そして彼は4つのストーリーを通して、アイヴァンという人物をとことん掘り下げて表現しているので、私たちは彼が抱える闇や過去を覗き見ることができるのです。
背景描写やフラッシュバックが一切ない中で、アイヴァン・ロックという男性がどういう人物かを伝えられている点、目まぐるしく切り替わるストーリーがきっちりとまとめられている点から、改めてトム・ハーディの表現力の高さを感じることができます。

『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』総括

トム・ハーディの他の出演作品のような派手なアクションやバイオレンスシーンは一切なく、アイヴァンの生き方をじっくり見届けることになる今作
鳴り続ける電話と次々に起こる問題を、ひとつひとつ解決していくアイヴァンからは、彼の生き方の根底にある、自分は父親とは違うという心の叫びを感じ取ることができます。

仕事も家族も全てを失う危険を冒してまで、自分の生き方を選択をするアイヴァンは、いつまでも父親の影に囚われたままです。
幻影との会話のシーンは怒りがにじみ出て狂気さえ感じるほどです。

順風満帆な人生を送っていた一人の男が持つ複雑な部分を見事に表現したトム・ハーディ。
彼が演じたからこそ、キャラクターと物語に深みが出て、アイヴァンの選択がどんな結末につながるのか、目が離せなくなるのです。
彼の演技力を堪能できる今作は、今までとは違うトム・ハーディを見てみたい人にこそ、お勧めしたい作品です。

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