20077月より20084月まで静岡新聞や函館新聞等、地方紙に順次連載された直木賞作家、角田光代によるサスペンス小説
横領事件を背景におき、歪なかたちでしか成り立たない愛を描いた『紙の月』は、
2014年原田知世主演でドラマ化されました。
同年、「桐島、部活やめるってよ」で日本アカデミー賞、最優秀監督賞を受賞した吉田大八監督により映画化され、更なる注目を浴びました。

巨額横領事件を起こすごく普通の主婦を演じるのは、7年ぶりに映画主演という宮沢りえ。
その不倫相手役には実力派俳優として注目の池松壮亮が臨みます。
両者とも共感しにくい役柄に悩みどころはあったと言うものの、身近に潜む誘惑に堕ちていく様をリアルに表現します。

宮沢りえ演じる梨花を見極めながら決める、というやり方で進められた撮影にも注目の作品です。

『紙の月』作品情報

上映時間
2時間6分
主なキャスト
宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、小林聡美、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司
ジャンル
邦画、ヒューマンドラマ、サスペンス

予告

『紙の月』あらすじ

紙の月 田辺誠一と宮沢りえ

©2014「紙の月」製作委員会

若葉銀行で契約社員として働きだして間もない梅沢梨花(宮沢りえ)は、きちんとした身なりの普通の主婦です。
平凡な暮らしに身を置く梨花は、夫、正文(田辺誠一)との仲は悪くありませんが子宝には恵まれず、自分の居場所を見出せないままどことなく満たされない気持ちを抱えています。

任された顧客回りで、お得意様である平松から大口の契約を取り付け、社内でも着実に信頼を得ていきます。
平松の自宅に訪問した時知り合った、孫の光太(池松壮亮)とばったり駅で会い、梨花は心の隙間を埋めていくように光太と密会を重ねるようになります。

ある日、仕事帰りに立ち寄った化粧品売り場で、支払いをしようと財布を開けると、持ち合わせが足りず、迷いながらもお客様から預かったお金を使ってしまいます。
すぐにATMにいき元通りにしますが、その出来事をきっかけに彼女の金銭感覚は、まるで歯車が狂ったかのように騒ぎ出すのです。

紙の月 池松壮亮

©2014「紙の月」製作委員会

そんな時、光太が大学の学費を払うため借金を抱えていることを知ります。
梨花はどうにか助けたいと思い、とうとう平林からの預かり金
200万円に手を付けてしまうのです。

誰にも気づかれず、順調な仕事と満たされた私生活に強気になってきた頃、夫の上海への転勤が決まります。
しかし梨花は一緒には行けないと告げ夫を送り出します。
夫が不在になったのをいいことに、梨花は自宅で顧客の証書まで偽造しながら金を横領し、光太との豪遊生活を目一杯楽しむのです。

支払いの度にその金額に戸惑いながらも、もう引き返せないところまで来ているのでした。

『紙の月』あらすじネタバレラスト

紙の月 宮沢りえ

©2014「紙の月」製作委員会

実は梨花は学生時代、ボランティア活動の一環で貧しい国に向け募金活動をしていたのです。
与えられるより与える方が幸せだという教えにのっとって、送り先からの御礼の手紙を受け取ることで彼女の心は満たされていました。

そんな過去をうっすらと思い出しながら、梨花の嘘で塗り固められた生活も当然そう長くは続きません。
ついに、厳しい目で監視するお局の隈より子(小林聡美)が書類の不備に気が付き、最初に手を付けた
200万円の行方を探り始めます。
梨花の行動が怪しい事を支店長に訴えますが、梨花は疑惑をあっさりと認め謝ります。
しかし支店長の不倫と、会社の水増し会計をしていることを知っている里香は強気。
金は返すという約束の上片付けられます。
不信感を募らせたより子は、顧客を回り調査を重ね梨花を追い詰めていきます。

梨花が横領した金はすでに返せるような金額ではなく首も回らない状態。
彼との関係にも終わりが見え始めます。

とうとう、何千万円もの横領が明かるみになり、会社で話し合いが行われました。
より子だけを残し席を立った上司たちのいない間に、梨花は会社の窓ガラスを割り、思うがまま駆け出していきました。

逃亡後、梨花は海外に身を潜めていました。
街の屋台のワゴンからりんごが転がり落ちます。
慌てて拾う子供の行く先に目をやると、梨花が学生時代に寄付をしていた文通相手、あの写真に写った少年と同じ特徴を持つ男が生き生きと働いていたのです。
梨花は、自分の信じる善意に納得したように微笑みを浮かべ、その場から姿を消すのでした。

『紙の月』見どころ3点

日常に潜む幸せとその危うさ

紙の月 不倫

©2014「紙の月」製作委員会

平凡で繰り返しの毎日。積み重なるパートナーへの不満にストレスが溜まることなど、きっと誰もが大なり小なり感じることでしょう。その日常を踏み外した女の姿が哀れにうつります。前も未来も見通すことができるはずであるのに、大金を手にし、美しく着飾り、欲望と快楽のままに流されてゆくのです。

どこにでもいる犯罪とは無縁の主婦が、ちょっとした出来事をきっかけに禁断の扉を開けてしまった事が、誰にでも起こりうる日常に思えて興奮に似た恐怖を味わうことでしょう。

美しき犯罪者

一旦は髪を振り乱し、底まで落ちた女性が徐々に本来の自分に気が付いていく様子がとても興味深く描かれています。
事件が公になり、海外へ逃亡する梨花の、なんと清々しいことでしょう。
平凡でも不自由のない日常に包まれていたはずの生活こそが、本当は梨花にとっては偽物であり、たとえ犯罪でもお金によって満たされた感情で、まるで水を得た魚のように生き生きと美しくなっていくのです。

社会的には許されないと自覚しながらも、全てを棄てた彼女からはそれを肯定する信念すら感じられます。

偽物の世界

早朝の駅、梨花が薄暗い空を仰ぎ、指で月を消すシーンはそれまでのストーリーからは予想が付かず不思議な感覚にとらわれます。
しがらみを取り払った梨花が幻のように消されていく儚く美しい月と重なり、印象的なシーンになったことは言うまでもありません。

お局、より子を演じる小林聡美の存在感

紙の月 小林聡美

©2014「紙の月」製作委員会

小林聡美演じる隈より子。
この人の人生だけでひとつ物語が作れそうな存在感を残します。

銀行で目を光らせているお局のより子は、曲がったことは許せず、強い正義感と責任感を持つ芯の強い独身女性です。
信じてくれる人を裏切り、お金を好きに使うことが自由ではないと正論を言いながらも、彼女からも、そうでしか生きられない不器用さを感じるのです。
機械人間のように鋭い視線と後輩たちを監視する眼差し、しかし、そこにふとした時に見せる自由への憧れが見られます。

感情のこもった表情から過去の彼女を想像することが出来そうな気がして、もう少し見ていたいと癖になってしまうことでしょう。

『紙の月』感想

いい意味で期待を裏切られた作品です。

ただ、欲望と快楽に酔いしれ、横領に手を染める女の物語ではないところが今作の魅力です。

どうみても曲がった方向に進んでしまった梨花ですが、気持ちの奥に秘めていた喜びや使命感のようなものをとりもどした梨花が美しく変貌していく様はとても興味が湧きました。
指で月をなぞって消すシーンは今作中で最も忘れられないひとコマであり、現実と幻との境に立たされているような不思議な感覚を覚え、ぼんやりと、そして美しく目に焼き付いています。

もちろん犯罪には共感できないものの、自分の信じる道に向かい、正直に走り出す梨花には魅力を感じてしまうことは否定できません。

梨花のようにすべてを放り出してでも貫きたい何かがあることが羨ましくも、一方では、目覚めてしまう怖さを感じます。
些細なことがきっかけで起こる変化を目の当たりにし、人間のもろさや危うさを思わずにはいられないのです。

現実で日々報道される事件の数以上にそれぞれの背景が隠されていることを思わず考えてしまいます。

『紙の月』評価

紙の月 ラストシーン

©2014「紙の月」製作委員会

もちろん犯罪を肯定する作品ではありません。

人を裏切ってまで手にしたお金。
そのお金を好きに使うことが自由を手に入れられるわけではないのです。

幸せや自由のかたちはひとそれぞれです。
梨花は心の隙間を若い男と、自由に使えるお金で埋めたように見えますが、それが彼女を満たした全てではないでしょう。
自らの信念のもと、人に与え、必要とされることに幸せを感じているように感じ取れます。
ひとりの女性の不器用な生き方を見つめることで、自らの幸せに向き合える時間を持てる作品です。

人のお金を我が物顔で使い果たしていく梨花の傲慢さを不快に感じる人も多いことでしょうが、彼女が人のためにお金を使うことで生き甲斐を見出したように、幸せだと実感できる何かに出会いたいと言う願望が私たちの心を揺さぶるのです。