2008年公開、小山薫堂脚本の『おくりびと』は、滝田洋二郎監督によるヒューマン映画です。
日本映画初のアカデミー賞外国語映画賞を受賞、モントリオール世界映画祭グランプリ獲得。
そして、日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞はじめブルーリボン賞や、キネマ旬報ベスト・テンにおいて日本映画ベストワンなど。
国内外関わらず多くの賞を受賞した作品です。
青木新門・著「納棺夫日記」を読み、強く感銘を受けた本木雅弘が、何度も青木新門宅を訪れ映画化の許可を求めたと言います。
しかし、宗教上の理由等、諸事情により別の作品としての映画化が決定しました。
管弦楽団の元チェロ奏者が職を失ったことをきっかけに、納棺師の職に出会ったことから人と向き合い死と向き合い、また自身の生き方を見つめながら成長を遂げていく物語です。
音楽を手掛けるのは宮崎駿監督作品においても知られる日本を代表する作曲家、久石譲。
主人公が演奏するチェロの音色が、山形の広大な自然と人生の深みを表現します。
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おくりびとあらすじ
管弦楽団に所属するプロのチェロ奏者、小林大悟(本木雅弘)は、突然の楽団解散で呆気なく職を失ってしまいます。
音楽の道を断たれた大悟はチェロを売り、妻の美香(広末涼子)と大悟の故郷の山形へ帰ります。
喫茶店を営んでいた母が残した一軒家で落ち着くと、職探しを始めます。
「旅のお手伝い」と書かれた新聞の求人が目に入り、早速訪ねてみると、仕事内容は納棺師。
つまり「旅立ちのお手伝い」ということだったのです。
仕事内容に戸惑う大悟でしたが、高収入に誘われ、とりあえず働くことになります。
出社早々に社長の佐々木生栄(山崎努)のペースに飲まれ、会社の宣伝用のビデオに死体役で出演、そしてある日は、死後2週間ほどたつ腐乱死体の処理の手伝いをさせられ、食事も喉を通らない日が続きます。
それでも、社長の美しい手さばきや今にも息を吹き返しそうな遺体を目の前にする遺族の気持ちを目の当たりにし、大悟は徐々に納棺師の職に魅了されていきます。
仕事内容を美香には言えず、冠婚葬祭の仕事だとはぐらかし、幼馴染の友人、山下(杉本哲太)や、昔ながらの銭湯を経営する山下の母、ツヤ子(吉行和子)からもチェロ奏者と一目置かれていた大悟でしたが、次第に納棺の職に就いたことも広まり、友人から軽蔑視されてしまいます。
さらに死体役になったビデオが美香にも見つかり、汚らわしいと実家に出戻ってしまいました。
迷いながらも大悟は仕事を辞めることはできず、逆に納棺師として成長をしていくのです。
おくりびとネタバレラスト
実家から戻ってきた美香のお腹には新しい命が芽生えています。
生まれてくる子を思い、美香は貧しくても構わないから職を見直すように改めて大悟に訴えます。
この仕事の素晴らしさを知った大悟は言葉を詰まらせていると、突然、ツヤ子が亡くなったと悲報が入りました。
妻と一緒に駆け付けた大悟は納棺を任されツヤ子を美しく蘇らせるのです。
山下は変わらない母の姿に涙し、美香は納棺を手掛ける大悟の迷いない手さばきと、信念を持った強い眼差しを見つめ、納棺師の職業に対する見方を変えていきます。
ある日、大悟の父が亡くなったとの電報が届きます。
母と自分を捨て、出ていった父を見納めに行くつもりはないという大悟ですが、美香の説得に応じ、30年以上も会っていない父のもとに駆け付けました。
段ボールひとつだけ残し横たわる父を目の前に、父だという実感もなく納棺の儀式を施し始めます。
すると固く握りしめたままの手に何かが握られていたことがわかりました。
硬直した手を広げると、丸くて白い石が転がり落ちます。
それは大悟が幼い時に父と交換し合った石文だったのです。
大悟は、まるで憎しみで固めていた心が溶けたかのように父の死を悲しみ、父の旅支度を整えます。
そして声にならないその想いを受け取りまだ見ぬ我が子への愛を感じるのです。
おくりびと見どころ3点
生と死の通過点
自殺、孤独死、様々な死の形がありそこには当然遺族がいて、当人同士にしかわからない生活や過去、生き様があります。
しかし、作品中では特別死に方には触れず、死にゆく人に対する敬意と尊厳を表現していることがわかります。
見送る人の気持ちを察し、手助けし、言い換えれば納棺師は代弁者ともいうべき職業であるようにも思うのです。
別れがあり出会いがあるように、死があるからこそ生を感じる。
死が終わりではなく誰にでも等しく訪れる通過点のように感じられます。
そして人の死や、納棺、葬儀とは一見無縁とも感じるチェロの音色が、観る人の心を和ませ、個々の人生を思うのには十分な余韻を響かせてくれます。
主演、本木雅弘の美しすぎる手さばき
敢えて見どころとして挙げておきたいのが本木雅弘の納棺の見事なまでの美しさです。
言うまでもなく整った顔立ちの彼ですが、ピンと伸びた背筋、何かを見据えた眼力、指の先まで伝わる緊張感や美しさに息をのみます。
畳や着物がこすれるわずかな音が、物語の緊張感をか持ち出し、五感を研ぎ澄まされる感覚を覚えます。
悲しい場面であるはずなのに、文句なしの迷いない手さばきに見入ってしまう事でしょう。
許すという愛情
人生を共に歩み始めた夫婦の形が新鮮です。
信じて受け入れ、だからといって衝突を避けない。
これから生まれてくる子供の将来を案じ、時間をかけて絆を深めていく夫婦の姿と、夫の天職を受け入れ支えようとする妻に、本来の夫婦の理想たる姿を見ることができます。
子供を捨てた親と捨てられた子供の気持ちにも触れられており、許すことの難しさを描いています。
自分と母を捨てた父を憎みながら、一方では父との思い出が大悟の人生に大きな影響を与えています。
父の愛した音楽、父と思い出の石文、親に捨てられたと感じている子供の気持ちが痛い程伝わり、許すことの意義を問われます。
父の為に許すのではなく、自分の為に父を許し、重荷を下ろしたように前に進んでいけるものなのかもしれません。
おくりびと感想
山形県の庄内地方が美しく描かれ、その情景と音楽にジンと心に熱いものを感じる作品。
そして、ご遺体に対しての丁寧で細やかな作法から、尊厳と感謝を感じ、日本らしい仕上がりになっています。
ご遺体を前にもう会えないことを悲しみ、思い出に浸って涙を流す人間の情の深さを表現する反面、「困ったことにおいしい」と白子を食すシーン、フライドチキンにかぶりつくシーンが印象に残ります。
音を立て汁をすすりながらむさぼりつくシーンは、下品とも言える描写ですが、生きるために命をいただくという本質を思わずにはいられません。
美しさと残酷さの大胆な対比こそが命の尊さを物語っているようです。
死をテーマに描いている作品ですが、生きることの感謝を忘れてはならないという強い思いが伝わります。
そしてその命で命を繋いでいくことは、言葉の無い時代に行われていた石文のように未来へと伝わっていくのでしょう。
死を知って、生を強く思う作品です。
おくりびと総括
門をくぐるように死があるのだというセリフが深く胸に響くのではないでしょうか。
その言葉に安堵感を感じるかもしれません。
大切な人を失った経験を持つ人には感慨深いものが熱く伝わる作品でしょう。
故人を見送る自分を振り返り、もっとできたことがあったのではと悲観してしまう部分も心の片隅に生まれるかもしれませんが、おくりびとからは、全ては気持ちなのだと伝わるはずです。
広大な空に無数の鳥が羽ばたいていったように故人を送り出すことができたのだと感じられる、生きている人の為の作品です。
そして大切な人を見送った経験がない人もまた、どのような形で送り出したいのか、送りだされたいのかを考える事でしょう。
何より死を思うことで生を感じられるのです。
連日の悲しい悲報、またニュースにもならないところでも多くの悲しみに胸を痛める人は数多くいます。
生き方など立派でなくて構わない。
生について、そして自分を支える周囲の人の存在に改めて気が付くきっかけにもなり得るでしょう。
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