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2004年に公開された行定勲監督の『世界の中心で、愛を叫ぶ』。
片山恭一のベストラー小説を映画化したということもあり、公開前から注目を集めていましたが、公開されるや否や600万人を超える動員数を記録し瞬く間に大ヒットとなり、日本ではセカチューと呼ばれ、ちょっとしたブームにもなりました。
今回はそんな『世界の中心で愛を叫ぶ』がなぜそこまで日本中の人に愛された作品になったのかを見ていきたいと思います。

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『世界の中心で愛を叫ぶ』あらすじ

松本朔太郎(大沢たかお)の婚約者である藤村律子(柴咲コウ)は引っ越し作業中に朔太郎のカセットテープを見つけます。
なぜかそれに惹かれた律子がカセットを聞くとそこには広瀬亜紀(長澤まさみ)の声が流れてきました。
律子は衝動的に朔太郎の故郷へと赴き、そのあとを朔太郎は追いかけるのでした。
久しぶりに実家を訪れた朔太郎は亜紀のことを思い出していました。

時は高校時代に遡ります。
亜紀は朔太郎(森山未來)にとって初恋の相手でした。
亜紀と朔太郎は互いに惹かれていき、付き合うようになります
交換日記や2人きりの無人島…
2人にとって真っ直ぐすぎるほど純粋な恋愛でした。

しかし、無人島での帰り道、亜紀はいきなり倒れてしまうのでした。
原因は白血病。
徐々に弱っていく亜紀を朔太郎は励まし、側に居続けましたが、一向によくならない状態に亜紀はついに死を覚悟します

そして最後にオーストラリアのウルルに行きたいと願っていた亜紀の願いを朔太郎は叶えることにします。
ですが、台風によって飛行機が飛ばなくなってしまい、亜紀の病状が悪化していたこともあり、亜紀は倒れ最後のテープを律子に託し、そのまま亡くなってしまったのでした。

実は律子にとっても亜紀は特別な人だったのです。
亜紀が入院していたころ、カセットテープで朔太郎と交換日記を続けていましたが、それを届けていた人物が当時小学生の律子だったのです。
テープを聞いて全てを悟った律子は朔太郎に自身が事故に遭ったせいで渡せなかった最後のカセットテープを渡すのでした。
そこには朔太郎に前を向いてほしいという亜紀の想いが告げられていました。

朔太郎と律子はオーストラリアに赴き、亜紀を感じながら遺灰を広大なウルルの地に撒くのでした。

見どころ―小説では深く描かれなかった大人になった朔太郎の視点―

原作となった小説では、主に高校生時代の朔太郎と亜紀の物語がメインでしたが、映画では大人になった朔太郎、そしてその婚約者として律子が登場します。
その中でも特に注目してほしいシーンは大人になった朔太郎が高校を訪れ、カセットテープを聴きながら亜紀のピアノの演奏姿を思い浮かべるシーンです。声を聴くだけですぐに当時のことが思い出せるほどに愛していた亜紀、どれだけ好きだったか、そして今もどれほど悲しいか。

大人になった朔太郎が高校生の亜紀の記憶を辿る場面を挿入したことで、過去だけではなく、過去を踏まえて残された人は今をどう生きていくか、という映画独自のメッセージが隠されているような気がします。

映画『世界の中心で、愛をさけぶ』感想

最愛の人の死。
最後の最後までお互いが一生懸命に「生」と向き合う姿には胸を打たれます。
そして、それと同時にどうしても避けられない「死」というものに今度は残された朔太郎が一人で向き合わなければなりません。

ですが、律子の存在が描かれることでこの物語はただの悲しみの物語ではなく希望の物語へと変わっていくのではないでしょうか。
律子がいたからこそ、ようやく朔太郎は亜紀の死に向き合うことができ、新たな人生を歩み始めることができたのです。

それが亜紀の本当の意味での最後の望みでもあったのではないでしょうか。

まとめ

原作が好きな人からすると、朔太郎と亜紀の純愛を描いただけの作品でないこと、映画独自のストーリーが展開されていることに不満を持つ人は少なからずいるかも知れません。
ですが、朔太郎が律子と向き合うことでようやく亜紀を手放すことができ、そしてそれは亜紀を忘れるということではなく、また当時とは違った形で亜紀を大切にし続ける、ということになるのではないでしょうか。

そう言った意味では「最愛の人の死」という答えが見えない難問に対する希望の映画とも言えるかと思います。
また、思い切り泣きたい人、純愛にどっぷりと浸かりたい人、そして、人を愛するってなんだろう、と思う人はセカチューという言葉に翻弄されず、今からでも是非観てほしい作品です。

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