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没後も小説が売れ続け、人気作家の地位を築いているひとりに、松本清張がいます。
生前は社会派推理小説の代表格でもあり、原作は何度もテレビドラマや映画になりました。
ところが松本清張は、それらの作品を見る度に、自分が想像していた以上の出来になっていない事に、何度も不満を抱いたそうです。

しかし、その松本清張を唸らせた映画が、野村芳太郎監督作品『砂の器』でした。

主人公・和賀英良が幼少の頃、父・本浦千代吉と日本中を放浪するシーンは日本映画界屈指の名場面と謳われ「小説では絶対に表現できない」と、松本清張も絶賛しました。

海岸を2人が歩く後ろ姿がDVDのパッケージにもなっているので、思い浮かぶ方も多い筈です。

そんな放浪シーンが有名なだけでなく、社会派推理を題材にした脚本、映画の為に作曲されたピアノ協奏曲、当時考えられる限りの豪華キャスト等、原作を可能な限り膨らませ、凌駕した邦画でもあります。

映画『砂の器』が、日本映画界を代表する名作となった由縁は、何でしょうか?

1974年10月19日に公開された映画『砂の器』を、紹介します。

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『砂の器』あらすじ:前半

国鉄蒲田操車場構内で、男性の轢死体が見つかり、殺人事件と扱われる。
身元不明の被害者は前日、バーで男とズーズー弁の言葉遣いで話し込んでおり、何度も聞かれた「カメダ」と言う言葉が、唯一の手掛かりだった。

警視庁の刑事・今西と部下の吉村は、手掛かりから秋田県の「羽後亀田」来たが、何の収穫も無く、捜査は徒労に終わる。

帰京する電車内で、偶然乗り合わせた和賀英良を見つける。
和賀は天才若手音楽家として、マスコミの寵児となっていた。

ある日吉村は、中央線塩山附近を通った電車内から紙切れを巻いた女の新聞記事を読み、それが(事件に関係する)布きれでは無いか?と推理する。
そのモデルとなった女・高木理恵子が務めるバーに行くが、理恵子は「東京にいた」と否定する。
そこには「宿命」と言う曲を発表すると公言した、和賀がいた。

後日、被害者の養子と名乗る男が現れ、遺体を父・三木謙一と認めた。
お伊勢参りに行くと岡山の家を出たのが謎になったが、「島根県で嘗て巡査をしていた」との情報から、出雲地方に東北の方言と似た話し方をする地域があると知り、地図上で「亀嵩(かめだけ)」と言う駅名を発見した。

『砂の器』あらすじ:後半(ネタバレ有り)

今西は-「亀嵩」に向かい、捜査を始めるが、犯人の手掛かりには結びつかなかった。

一方で吉村は、塩山附近を独自に調査し、女が電車から巻いた布きれを見つける。
そこに付着した血液型が、三木謙一と同じO型と判明した処から、高木理恵子の再捜査が始まった。

理恵子は和賀と、男女の関係が出来ており、和賀には佐知子と言う婚約者がいた。
和賀との子供を宿っていた理恵子だが、踏切の前で破水を起こし、命を落としてしまう。

今西は三木と伊勢の関係を捜査すると、映画館での奇妙な足取りが判明する。

更に、出雲で出逢った桐原の手紙に書かれていた「本浦千代吉」親子を調べに、石川県に出向き、住んでいた頃の様子を知る。
更に戸籍を調べるが、過去の戸籍は焼失し、本人の申し立てで謄本が作成された事実を知る

そこで和賀英良の正体が、本浦千代吉の息子・本浦秀夫と判明した。

千代吉はハンセン氏病(ライ病)に冒され、親子で差別と偏見の眼に苦しめられていた。

その過去を知る三木謙一殺人容疑で、和賀の逮捕へと動く。

逮捕の手が迫っている和賀はコンサート会場で、自らの宿命とダブらせるかの様に、ピアノ協奏曲「宿命」の演奏を始めた。

『砂の器』見どころ4点

1点目:美しくて重い、お遍路のシーン

砂の器お遍路
この映画のクライマックスは何と言っても、本浦千代吉(加藤嘉)と本浦秀夫(春田和秀)が、四季折々の全国を放浪するシーンと、バックで演奏されているピアノ協奏曲「宿命」です。
日本映画界屈指の名シーンは、約10ヶ月かけて、丁寧に撮影されました。
和賀英良が弾くピアノ協奏曲「宿命」は、音楽監督である芥川也寸志の協力の下、菅野光亮により、この映画の為に作曲されました。
コンサートと映画上映がセットとなって開かれる事もあり、多くのファンが訪れる程の名曲です。

2点目:意外なオールスターキャストの共演

砂の器「丹波哲郎と森田健作」
クールな和賀英良役の加藤剛・真摯に犯人を追いかける今西刑事役の丹波哲郎・部下である吉村役の森田健作を始め、脇役まで豪華キャストで固められています。
ワイルドで霊界の宣伝マンと言うイメージの強い丹波哲郎と、青春スターから千葉県知事になった森田健作ですが、真摯かつ淡々と犯人を追い詰める役柄は、2人にとって代表作と呼べるでしょう。
映画館の支配人役で出演する渥美清は、野村芳太郎監督作品「拝啓天皇陛下様」に主演しています。

三木謙一役の緒形拳は、本浦千代吉役を希望したと言う逸話もあります。

3点目:野村芳太郎監督と橋本プロダクション

監督は、松本清張原作「ゼロの焦点」「張込み」「影の車」やコント55号の喜劇映画など、幅広い実績を持つ、野村芳太郎です。
そして脚本家・橋本忍が立ち上げた「橋本プロダクション」の第1回作品として製作されました。
野村芳太郎の下で脚本と助監督を務めていた山田洋次も、脚本に参加しています。

「新しい映画を作ろう」と言う息吹きの中で製作された作品は大ヒットし、当時の映画賞を総なめにしました。
お遍路が全国行脚をするシーンは、原作では数行しか触れていないハンセン氏病の件を、オリジナルとして膨らませたそうです。

4点目:ハンセン病の差別

「砂の器」は後に何度かテレビドラマ化されましたが、ハンセン病の設定を遺しているのは、この映画だけです。
日本中の何処へ行っても苦しみ、時には石をぶつけられ、まともな宿にも泊まれず、間借りをしたり野宿をするのが精一杯。

見かねた三木が千代吉を隔離病棟へ送ろうとしたりするなど、「ハンセン病は感染する」と誤認され、病気に関するデマが流布していた頃の、差別と偏見の歴史を、垣間見る事が出来ます。
加藤嘉の演技と、何があってもぐっと堪える春田和秀の表情にも、注目です。

『砂の器』感想

「社会派本格推理小説の映画化」と銘打ってますが、人物像に重きを置いた展開と映ります。
サスペンス・アクション・謎解きと言った構成は少ないです。
執拗に犯人を捜査し、追い詰めて行く刑事。
自分の過去を封印し、天災作曲家として活躍する男など、ヒューマンドラマと捉えるべきかもしれません。

社会派の優れた脚本・クライマックスの映像の美しさ・楽曲「宿命」の迫力・豪華キャストの共演と、どれを取っても非の打ちどころがなく、原作を凌駕する映画となっています。

ただ、クライマックスシーンに重きを置いているせいで、加藤剛の印象が、思ったよりも薄く感じるかもしれません。
クールな和賀英良はハマっていますが、全く独立したポジションで雰囲気を醸し出している為、今西や吉村と言った主要人物との絡みが無く、子役の方が目立つ様に感じました。

「東北訛りのカメダ」の部分は、オマージュとして映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』で引用されています。

ハンセン病患者を題材にした映画に、ドリアン助川原作・河瀨直美脚本監督作品「あん」(主演・樹木希林)があります。

両作品とも、観る事をおすすめしたくなります。

『砂の器』総評

ラストシーンで和賀英良自身に逮捕の手が迫っているのを知っているのか知らないのかは提示されていません。
逃れられない重い宿命を背負い、それを隠す為に犯罪を冒してしまう。
自己に苦しみながら、それでも音楽家として振る舞わないといけない気持ちを推し量ろうとしても、なかなか慮る事は出来ないでしょう。

誰しも、何か触れたくない過去を持っているものです。
それが重いものであったとしても、芸術に昇華出来る人は、もしかしたら、選ばれた人なのかもしれません。

今は触れたくない過去も簡単に晒され、社会から完全に抹殺される様になり、「砂の器」の様に、隠し通す方が難しくなりました。
「宿命を背負う」のが、ただの無駄な時代となり、差別と偏見に苦しむ者は葬り去られる時代になってしまったのでしょうか?

時代と共に、作品の持つ意味の解釈が変わって行く映画のひとつと言えるでしょう。

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