※以下は物語後半と結末のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。 本稿は公式キャスト情報、監督インタビュー、海外の鑑賞評を照合した解説で、筆者の実鑑賞レビューではありません。
『Blue Heron/ブルーヘロン』の終盤、子ども時代の家に現れる女性を見て、「この人は大人になったサーシャ?」「両親に会いに来たソーシャルワーカーと、どうつながるの?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
結論からいうと、終盤の訪問場面は、大人のサーシャがソーシャルワーカーの立場に入り、過去の家族と向き合う場面として読み解けます。
ただし、サーシャが成長して福祉の仕事に就いた、という意味ではありません。ここを分けると、ラストの時間の重なりが整理しやすくなります。
この記事では、役名で確認できる事実、監督が語った意図、そこから考えられる解釈を分けて見ていきましょう。
後半の女性は誰? エイミー・ジマーが演じるのは大人のサーシャ
まず、人物の名前を確認しましょう。
The Criterion Collectionの公式キャスト欄では、少女時代のサーシャがエイリュル・ギュヴェン、大人のサーシャがエイミー・ジマーと記載されています。
日本の作品紹介でも、サーシャは20年後に映画監督となり、家族の過去をたどると説明されています。後半で記録を調べる女性は、幼いサーシャが成長した姿です。
出典:
The Criterion Collection:公式キャスト
キングレコード:日本公開・作品紹介
「途中からソフィー・ロムヴァリ監督本人が出てきた?」と思った方もいるかもしれません。
サーシャには監督自身の経験が反映されていますが、大人のサーシャを演じているのは俳優です。自伝的な物語であることと、本人が画面に登場していることは別々に押さえておきたいところですね。
家を訪ねるソーシャルワーカーとサーシャは同じ人?
混乱しやすいのは、次の二つの場面です。
- 成長したサーシャが、専門家たちに兄のことを尋ねる場面
- そのサーシャが、昔の家を訪ねて家族と向き合う場面
海外メディアDefectorの批評は、終盤のサーシャについて、かつて両親にジェレミーの里親への委託を助言したソーシャルワーカーの姿で家を訪れる、と読み解いています。
つまり、現在のサーシャと過去の訪問員の位置が、映画の中で重なっているのです。
幼い頃のサーシャは、家の中で何かが起きていても、大人同士の事情をすべて知ることはできませんでした。終盤では、その「子どもには入れなかった会話」に大人の立場で入り直している、と考えるとつながります。
この後半部分は、現実の時系列だけで人物を整理しようとすると引っかかりやすい場面です。「サーシャはもともと訪問員だったのか」という職業や経歴の答え合わせよりも、誰の立場から過去を見直しているのかに注目すると理解しやすくなります。
ラストはタイムスリップ? 監督が語る「感情の時間旅行」
では、サーシャは本当に過去へ戻ったのでしょうか。
ロムヴァリ監督はFilmmaker Magazineのインタビューで、この時間の扱いを「emotional time travel」と表現しています。日本語にすると「感情の時間旅行」といった意味です。
同じ取材で監督は、文字どおり過去に戻ったり、起きたことを変えたりできない、その限界を受け入れていく試みとして本作を説明しています。
出典:Filmmaker Magazine:監督インタビュー
この発言を踏まえると、ラストでは「今の自分があの場にいたら」という思いが、家族と再び同じ場所に立つ映像になっていると読めます。
思い出の中では、当時の家や家族の姿がありありと浮かぶ。それでも、その後に起きたことまでは変えられない。サーシャの時間移動には、そんな記憶の性質が重なっているのではないでしょうか。
過去に戻れたのに、なぜ家族の未来は変わらない?
「大人になったサーシャなら、何かできるのでは」と期待したくなる場面でもあります。
しかし、BFIのインタビューで監督は、時間を移動する力を与えられても結果を変えられない、という発想が映画の中心だったと語っています。
さらに、サーシャの行動は救出よりも調査に近く、調べても求めた答えが得られるとは限らない、という説明もしています。
出典:BFI Sight and Sound:監督インタビュー
ここからは考察になりますが、訪問員の立場に入ることで、サーシャは幼い頃には見えなかった両親の迷いや限界にも近づいているのだと思います。
「あのとき、こうすればよかった」と一つの正解を示せれば、残された人の気持ちは楽になるかもしれません。けれど本作は、その正解を簡単には用意しません。
だから、ラストを「サーシャが助けに行って失敗した」とだけ受け取ると、少し狭くなってしまいそうです。過去を変えることはできなくても、当時の家族に向けるまなざしは変わる。その可能性を描いた場面としても考えられます。
本物のソーシャルワーカーも出演している?
もう一つ、人物関係をややこしく感じさせる理由があります。
監督はReverse Shotのインタビューで、専門家との対話には実際のソーシャルワーカーが参加したと説明しています。Zoomで話す女性についても、監督の家族をかつて担当していた人物だと明かしています。
一方、その女性と話しているサーシャは、エイミー・ジマーが演じる登場人物です。実在の専門家との会話を取り込みながら、俳優が演じる物語が進んでいるわけですね。
このため、「ここから全部が監督本人のドキュメンタリーになった」と捉えると、かえって整理しにくくなります。専門家の言葉に現実の重みがあることと、サーシャという人物が物語を生きていることが、同時に成立している作品です。
まとめ:訪問員の姿は、サーシャが過去の家族に近づくための立場
『ブルーヘロン』の後半で迷いやすいポイントをまとめます。
- 記録をたどる女性は、エイミー・ジマー演じる大人のサーシャ
- 終盤の訪問場面では、サーシャと過去のソーシャルワーカーの立場が重なる
- 監督はその時間の扱いを「感情の時間旅行」と説明している
- 過去の家族と向き合っても、起きたことを変えることはできない
ラストで大切なのは、女性の名前を当てることに加えて、サーシャがなぜその場所に立ちたいと願ったのかを考えることなのかもしれません。
幼い自分には聞けなかったことを聞き、見えなかった家族の姿に近づこうとする。そう捉えると、静かな訪問場面に込められた切実さが見えてきます。
作品全体の評価も知りたい方は、推しムビの『ブルーヘロン』海外レビュー紹介もあわせてどうぞ。
『ブルーヘロン』海外レビュー紹介